
私、稲葉高志が四代目となります。
幼少の頃より、たくさんの職人に囲まれて育っていたので、この世界に入ることはごく自然な流れだったように思います。
中学の頃から休みとなれば、仕事を手伝うようになりました。当時は祖父が現役でしたので材木を運んだり、屋根に登っていろいろ教えてもらったり、時にはこっぴどく叱られたりと祖父からは、仕事に対する誇りと面白さを教えてもらったように思います。
いつかは祖父のようになりたいなぁと、子供ながらに惹かれていきました。
大学中退後、大手のディベロッパーでの不動産販売を経験後、私は父の経営する工務店に就職することになりました。入社した頃には、祖父は現役を退き父が経営が経営する総合建設業となっておりました。




↑入社して初めて管理させていただいたのが板橋区にある文殊院でした。
難易度がかなり高く職人さんに怒られながらやっていたのをよく覚えております。
祖父は職人タイプの人間でしたが、父は経営者でした。
大工の専門学校に通いながら、不動産、新築、そしてリフォームとさまざまな仕事を経験させてもらいました。
やはりそれぞれの仕事に難しさや面白さがあり、同じ住宅関連の仕事であっても考え方やノウハウがずいぶん違うんだなぁと実感しました。
中でも私がもっとも面白いと感じた仕事はリフォームでした。

二代目の祖父に縄の縛り方から習いました。

リフォームの仕事は、お客様の現在の住まいを改修することで、新しいライフスタイルを実現するのが仕事です。現在のお住まいの構造を考えて、残すところと変えるところをプランニングしていきます。さらにお客様は引越しすることなく、住みながら工事を進めていかねばならないことも数多くあります。
お客様の要望を引き出すコミュニケーション能力、理想の住まいをつくりだすプランニング能力、円滑に工事を進めていく管理能力のすべてが求められます。
その難しさを感じる一方で、そのやりがいに私は引き込まれていったのです。

広尾マンションスケルトンリフォームにて
リフォームの仕事の面白さとやりがいに取り付かれていく一方で、困った問題が出てきました。父の工務店では、リフォーム以外にも新築の仕事もあれば、公共工事、下請けの仕事もし<ています。
同じ住宅関連の仕事ではあるのですが、仕事の進め方、原価率、収益構造、対象となるお客様、期待される要望など、それらは全く別です。
私はリフォームをもっと積極的にやっていきたい、でも会社の方針は違う…
そんなジレンマを感じるようになっていったのです。
工務店のリフォーム事業部としてできることには限界がありました。
お客様により良いサービスを提供し、ご期待に応えていくためには独立するしかない!
父とは何度も話し合いました。
援助なし、仕事や取引先などの紹介も一切なしという条件で、私は自己資金だけで自分のやりたいリフォームの仕事をするために独立したのです。
私は2001年、ついにリフォーム店として独立しました。
とはいうものの、お金がなかったので借りた事務所はバラックというか、馬小屋みたいなところでした。(東京にもそんな物件があったのです。笑)
お客様ゼロの状態からの創業ですので、まずはお客様さがしから始めなければなりません。チラシを印刷するための印刷代も、新聞に同封してもらうためのオリコミ代もありませんでした。手書きで原稿を書いて、輪転機を使ってチラシを作りました。(いわゆるガリ版印刷です)そして、昼間は打ち合わせや施工管理の仕事がありましたので、夜中に1人で作業着姿で一軒一軒ポスティングをして回りました。
不審者に勘違いされて怒られたり、犬に吠えられたり、今となってはいい思い出ですが、当時は必死でお客様探しをしていました。
その結果、少しずつですがお仕事をいただけるようになっていったのです。
少しずつ仕事がいただけるようになってくる中で、とても記憶に残っている仕事があります。Wさんのお宅の全面改築の仕事です。
Wさんは、大手のリフォーム店さんとも相見積をされていらっしゃいました。
大手のパソコンで出力したきれいなプランに対し、当時の私が用意した提案書は、方眼紙に鉛筆で手書きした平面図とパース。さらに、創業して間もない私のような小規模のリフォーム店となれば、結果は見えているような気もします。
しかし、私の情熱を買っていただくことができました。
私の人柄を信じてご契約いただくことができたのです。
しかし、それからが正念場です。
それまでいろいろな仕事を経験し自信もありましたが、部下が一人もいない状況での打ち合わせ業務、プランニング業務、受発注を含めた施工管理業務はあまりに過酷を極めました。過労で倒れ救急車に運ばれたことも何回かありました。
また同時にたくさんのお客様を担当していた為、必然的に段取りが悪くなり、スケジュールが狂ってしまったり、最悪の事態で住まいの電気がストップして真冬に暖房が使えなくなり、自宅のストーブをお客様のお宅に持っていき、毛布に包まって寝ていたこともありました。今では考えられないようなトラブルです。
そんな際、連日お伺いして、対処させていただいた記憶があります。
さまざまなトラブルはありましたが、ついに工事が終わり引渡しの日がやってきました。Wさんにとっても私にとっても、やっと終わった!という感じだったのですが、苦労が多かった分、その感動も大きなものでした。
工事が終わったあとにWさまからいただいた手紙を読んで、思わず涙してしまいました。いろいろご迷惑をおかけしたけど、喜んでいただけて本当によかった!
これからも喜んでいただける住まいづくりをしていくぞ!そう心に誓いました。
ちなみに今でもWさまとはお付き合いいただき、「塩辛つくったから食べにおいで」とか「中国のお土産があるから…」とお声掛けいただいております。
つい先日もWさまのお母様が高齢でW様のお宅に引っ越してこられるので素敵なお部屋に改装して!デザインは稲葉さんにお任せするわ!といっていただき施工させていただいたばかりです。そんな縁ができるのもリフォームの仕事の面白さかもしれません。

お母様のお部屋のリフォームも。
リブウェルでは、デザイン性の高い工事のご依頼が増えるとともに、戸建住宅の改築でも難易度の高い木工事の技術を要求される工事のご依頼が増えてきておりました。
当社の職人も優秀な職人が非常に多いのですが、デザインに特化した表装的な施工技術だけでは、対応が難しい構造を熟知する優秀な棟梁の必要性が出て参りました。

デザインを強調する工事は紹介を中心に増え続けていきました。
そこで、優秀な匠集団を抱える父の工務店(加和楽建設株式会社)に相談を致しました。父は技術提携に快諾してくれました。
デザインと伝統工法を武器に、本当の住まいづくりができるようになりました。
父の工務店にいるのは、私を育ててくださった職人さんばかりです。

豊島区目白Y様の柱残しの改築工事

台東区M様の柱残しの改築工事
しかし悩みはつきません。
リブウェルでのリフォームをメインとした営業を日々している傍らで、いつも疑問に感じることがありました。
どうして、こんなに住宅業界は不透明でわかりにくい業界なのか!と。

日本は他の先進国と比較しても流通体系が非常に複雑で製造者から一般の施主へ商品が渡るのに何社もの中間業者が入りマージン
を取るという体系となっています。
車を購入する場合、トヨタや日産などのショールームへ行き、メーカーから当たり前に商品を購入するのに、この業界だけは違う!
リブウェルはこの流通体系を打破すべく、とりわけ住まいを構成する建材の中でも金額的なウェイトの高い住宅設備機器の流通を変えよう!
という目的で住設販売部を設置しました。そして業界でも先がけて「施主支給」というシステムを採用採用しました。
いくつもの商社に相談し、最初は門前払いでだった交渉も情熱が伝わりお取引していただける商社が出来てきました。
これにより住まいに関わる商材に関してマージンがよりかからない形でご提案が可能となったわけです。
この体制を取りいれている施工会社は、現在もまだ少ないと言えるでしょう。
その後、リフォーム事業と住設販売事業を行なう会社として、2003年5月に個人事業から念願の法人組織へ改組。
2004年3月に板橋区前野町に事務所を移転しました。
より多くの方に「施主支給」という手法を知っていただきたいという強い思いと共感していただける方のバックアップもあり
「施主支給」というシステムを本格的に体系化しよう、そして流通を変えよう!という有志が集い、
2004年10月、株式会社ライブウェーブを設立。株式会社リブウェルより住設販売業務を移管しました。
これが現在のライブウェーブです。
限りなく経費を抑えた形が理想であったため、インターネットを媒体として営業を本格化。
確かに経費は今までのようにかからないモデルでした。
しかしインターネットならではの弊害もありました。
インターネットという顔の見えない相手に高額なキッチンやバス(お風呂)を購入するだろうか。
少なくとも私は不安だと思ったのです。顔が見える実店舗が必要だと!
そこで2005年11月には、デザインリフォームと施主支給の相談にお気軽にご来場いただけるサロン『Doux Studio』を株式会社リブウェルと共同で東京都練馬区大泉学園町にオープン

私は“住まいづくりは、生き方づくり”をモットーにしています。
物理的なモノとしての家ではなく、家族みんなが生活する場としての住まいをご提供していきたいのです。そのために必要なのは、どんどん出店して多店舗化していくことでも、単純に売上を伸ばしていくことでもありません。お客様の要望をお聞きして住まいづくりがご提案できるスタッフ、すなわち人づくりが私の仕事だと考えています。
曽祖父から祖父へ、祖父から父へ、そして父から私へ言い伝えられてきた言葉があります。「忘己利他」という言葉です。
自分の利益を考えず、お客様の利益に徹することが最終的には自分の生きがいに通じるということ。生きているという実感がそこにあるんだ。と教えられてきました。
逆に考えれば、お客様に対する姿勢が自分の人生の成長の糧なのだと思います。
これからも自然体でお客様に接していける会社を目指して従業員と共に日夜研鑽していきたいと思います